高齢の家族の備え|薬・補聴器・避難の支えを整える

薬とお薬手帳、折りたたみ杖を入れた高齢者向けの防災リュック

高齢の家族の備えは、水や食料をそろえただけでは足りません。毎日飲んでいる薬、補聴器や入れ歯、それから「その日、誰が声をかけて一緒に逃げるのか」という段取りまで含めて、はじめて備えになります。この記事では、持病・身体まわり・避難の支えという3つの切り口で、何から手をつければいいのかを順番に整理します。離れて暮らす親の備えを手伝うときの進め方や、本人が乗り気でないときの声のかけ方もまとめました。

目次

高齢の家族の備えは「持病・身体・情報」の3点から

災害で亡くなる方の年齢構成は、はっきりと高齢側に偏っています。内閣府の資料によると、2019年の台風19号で亡くなった方の約65%、2020年7月の豪雨で亡くなった方の約79%が高齢者でした。この数字は、体力や判断力の問題というより、避難情報が届きにくい・移動に人手がいる・そもそも動きにくい住まいに暮らしている、という条件が重なった結果です。つまり、備えの中身よりも「動けるようにしておく段取り」のほうが効きます

そのうえで、高齢の家族に特有の備えは3つに分かれます。ひとつめが持病と薬。ふたつめが補聴器・入れ歯・眼鏡・杖といった身体を補う道具。みっつめが情報で、避難情報をどう受け取るか、そして自治体や近所にどう支えてもらうかという話です。一般的な防災グッズは家族全員分をまとめて用意すればいいのですが、この3つは本人ごとに中身が変わります。逆に言えば、ここさえ押さえれば残りは家庭全体の備えに乗せてしまえます。

高齢の家族の備えは「本人にしか要らないもの」から先に。水や食料は家族の備蓄でまかなえます。

お薬手帳と一週間分の常用薬をまとめた災害用の備え

薬とお薬手帳:災害時にいちばん困るもの

被災地の支援現場でくり返し報告されるのが、薬が手元にない・何を飲んでいたか分からない、という困りごとです。血圧や糖尿病、心臓や腎臓の薬は、数日途切れるだけで体調に響きます。逃げるときに真っ先につかむものは、財布でも通帳でもなく薬です。

備え方はシンプルで、常用薬は1週間分を予備として持ち出し袋に入れておくのが目安です。処方薬は多めにもらうことが難しい場合もあるので、次回の受診時に「災害用に少し余裕を持ちたい」と主治医や薬剤師に相談してみてください。日数の調整が可能かどうかは薬の種類によって変わります。予備は袋に入れっぱなしにせず、受診のたびに新しいものと入れ替えて、古いほうを普段の服用にまわす。備蓄食料のローリングストックと同じ考え方です。

もうひとつ欠かせないのがお薬手帳です。厚生労働省は災害時に、処方箋の交付を受けることが困難な患者へ、薬剤服用歴やお薬手帳等で服薬情報を確認したうえで処方箋医薬品を販売・授与できる旨の事務連絡を出しています。実際、能登半島地震の際にも同様の運用が周知されました。手帳があれば「何をどれだけ飲んでいたか」を薬剤師に一目で伝えられます。手帳そのものを持ち出せないこともあるので、最新ページをスマホで撮影して家族と共有しておくと確実です。電子版のお薬手帳アプリには、通信が途切れても直近の薬剤情報を確認できるものもあります。

お薬手帳の最新ページを撮影し、本人と離れて暮らす家族の両方のスマホに保存しておく。

薬とセットで、かかりつけ医・薬局の名前と電話番号、持病名、アレルギーの有無、緊急連絡先を書いた紙を1枚つくっておきます。避難所で体調を崩したとき、本人が説明できない状態でもこの紙があれば話が早い。冷蔵保存が必要な薬(インスリンなど)がある場合は、保冷剤と保冷ポーチの置き場所を家族で共有しておいてください。

身体まわりの備え:補聴器・入れ歯・眼鏡・杖

薬に比べて忘れられがちなのが、身体を補う道具です。これらは避難所で代わりが手に入らず、無いと生活の質が一気に落ちます。

補聴器は電池が切れると、避難所の放送も、支援物資の案内も聞こえなくなります。空気電池(PR41・PR48など)はシールをはがすと放電が始まるので、未開封の予備を数パック持ち出し袋へ。充電式のタイプなら、充電器と電源の確保方法まで含めて考えます。乾燥ケースも一緒に入れておくと、汗や湿気の多い環境で故障しにくくなります。

入れ歯は、避難所での食事に直結します。予備の洗浄剤と入れ歯ケースを袋に入れておくこと。夜に外した入れ歯をティッシュに包んで置いていて、避難のどさくさで捨ててしまったという話は珍しくありません。就寝時の置き場所を決めておくだけでも防げます。眼鏡も同じで、古い度数のものでかまわないので予備を1本、持ち出し袋に。

杖は、使い慣れたものが割れたり折れたりする可能性を考えて、折りたたみ式の予備があると動きやすくなります。あわせて、履き慣れた靴を枕元に置いておく。ガラスの散らばった床を裸足やスリッパで歩くのは危険です。

道具備えるもの置き場所の目安
補聴器未開封の予備電池・乾燥ケース持ち出し袋+枕元
入れ歯洗浄剤・専用ケース洗面所の定位置+持ち出し袋
眼鏡予備1本(古い度数で可)持ち出し袋
折りたたみ式の予備玄関
履き慣れた運動靴枕元

高齢者向けの防災グッズリスト

ここまでの「本人にしか要らないもの」に、基本の防災グッズを足していきます。水・携帯トイレ・明かり・情報といった土台の部分は年齢を問わず共通なので、まずは本当に必要な防災グッズのリストをベースにして、そこへ高齢の家族向けの項目を上乗せするのがいちばん早い進め方です。

上乗せするのは次のような品です。常用薬とお薬手帳、補聴器の予備電池、入れ歯用品、予備の眼鏡、折りたたみ杖。加えて、大人用紙パンツや尿とりパッドを使っている場合は数日分。歯や飲み込みに不安があるなら、おかゆや野菜スープなど、やわらかくて水分の多い非常食を選びます。避難所は硬い床で冷えるので、厚手のブランケットや折りたたみクッションも効きます。

明かりは、握力が落ちていても扱えるものを。スイッチが小さいペンライトより、置いて使えるランタン型のほうが実際に使えます。ラジオは手回し式より、単三電池で動く簡単なものが確実です。手回し発電は思いのほか力がいります。

普段から使い慣れている道具を予備として持つと、非常時に説明書を読まずに使えます。

多機能をうたう防災グッズは操作が複雑で、いざというときに使いこなせないことがあります。

リュックの重さは軽めに

持ち出し袋の重さは、一般に「背負って階段を上り下りできる範囲」が目安とされます。高齢の家族の場合、3〜5kg程度まで軽くするつもりで組んだほうが現実に動けます。水を2リットル入れれば、それだけで2kgです。水は1本にとどめて、避難先で確保する前提に切り替えたほうが、結果として安全に移動できます。

中身の考え方は防災リュックの中身で詳しく書いていますが、高齢の家族の分は「削る」方向で調整してください。工具類や大きなアルミシートは省いて、支える側の家族のリュックに移す。キャリーカート付きのタイプを使い、平地は引いて、階段だけ背負うという分担も有効です。

詰め終わったら、一度背負って玄関から外まで歩いてみます。ここで重いと感じたら、その場で1つ抜く。使う日の練習になりますし、袋の置き場所を体で覚えられます。

避難の支え:避難行動要支援者名簿と地域の助け

ひとりで避難することが難しい方のために、市区町村は「避難行動要支援者名簿」を作成しています。これは災害対策基本法にもとづく制度で、高齢者や障害のある方などを事前に名簿にまとめ、本人の同意があれば消防・警察・民生委員・自治会などの避難支援等関係者へ平常時から情報を提供できる仕組みです。名簿に載っていると、いざというときに声をかけてもらえる可能性が高まります。

さらに2021年5月に施行された改正災害対策基本法で、名簿に記載された一人ひとりについて「個別避難計画」を作成することが、市町村の努力義務となりました。誰が支援するか、どの経路でどこへ避難するか、必要な配慮は何かを具体的に決めておく計画です。作成の進み具合や申し込み方法は自治体によって差があるので、お住まいの市区町村の福祉部門や防災部門に問い合わせてみてください。

あわせて確認したいのが福祉避難所です。一般の避難所での生活が難しい方のために設けられる避難先で、改正法では指定福祉避難所への直接避難の促進も盛り込まれました。近所のどこが該当するのか、直接向かってよいのかは地域ごとの運用によります。ハザードマップを確認するときに、一緒に見ておくと二度手間になりません。

制度の登録が終わったら、あとは人です。隣の家の方、自治会の役員、民生委員に「うちの母は耳が遠いので、何かあったら声をかけてください」と伝えておく。これは制度よりずっと早く効きます。

離れて暮らす親と一緒に軽い持ち出し袋を用意する様子

離れて暮らす親の備えを手伝う方法

離れて暮らしている場合、いちばんの難しさは「こちらが良かれと思って送ったものが、開封されないまま押し入れに入る」ことです。防災セットを通販で送りつけるより、帰省したときに一緒に手を動かすほうが確実に残ります。

STEP
家の中の危険を1か所だけ直す

寝室の背の高い家具を固定する、枕元の棚から重いものを下ろす。全部やろうとせず、寝ている場所の安全だけ先に確保します。

STEP
薬と身分証のありかを確認する

お薬手帳・保険証・かかりつけ医の連絡先の置き場所を決めて、写真に撮って共有します。

STEP
持ち出し袋を一緒に詰めて、玄関に置く

本人に中身を選んでもらいながら詰めます。置き場所を親が決めることが大事で、こちらが決めると忘れられます。

STEP
連絡方法を決めて、1回試す

災害用伝言ダイヤル(171)は毎月1日・15日や防災週間などに体験利用ができます。その場で一度かけてみると、手順を覚えられます。

連絡手段は、ふだん使っているものを非常時にも使うのが原則です。LINEを使っているならLINE、電話しか使わないなら電話。新しいアプリを非常用に入れても、本番では開けません。安否確認の合言葉として「無事」の一言だけ送ればいい、と決めておくと、回線が混んでいるときにも届きやすくなります。

【手伝うときに気をつけたいこと】

親の家の備えは、親のものです。こちらが完璧な一式を用意しても、置き場所も中身も覚えていなければ役に立ちません。

選ぶ・置く・入れ替えるの3つは本人にやってもらい、支える側は買い出しと調べもの、それに家具の固定のような力仕事を担当する。この分担にすると続きます。

電気の備えも、離れているからこそ効きます。停電すると照明だけでなく、電話の充電も、電動ベッドも、機種によっては補聴器の充電も止まります。大がかりな設備は要りません。モバイルバッテリーを1つ、充電したまま玄関の定位置に置いておくだけで、安否の連絡が取れる時間はぐっと伸びます。

よくある質問

高齢の親が防災に乗り気でないときは?

「災害が来たら大変だから」と危機感で動かそうとすると、たいてい話が止まります。効くのは、目的を小さく言い換えることです。「停電のとき用に、玄関に懐中電灯を1つ置いていい?」「お薬手帳の写真だけ撮らせて」のように、その日その場で終わる頼みごとにする。親にとっては防災ではなく、子どもの頼みを聞いただけになります。それを何回か重ねると、いつのまにか一式そろっています。防災グッズを買うより、まず家具の固定と枕元の片づけから始めるのもおすすめです。お金がかからないぶん、抵抗されにくくなります。

施設で暮らしている場合の備えは?

施設には消防計画や非常災害対策計画があり、備蓄や避難手順も定められています。家族側で確認しておきたいのは、災害時の安否確認をどの窓口・どの方法で行うか、避難先はどこか、家族が迎えに行く必要があるのか、という3点です。面会のときに聞いておけば十分で、こちらが備蓄を持ち込む必要はまずありません。加えて、常用薬とお薬手帳の写し、眼鏡や補聴器の型番など、本人の情報を家族側でも控えておくと、施設と離れてしまった場合の再調達が早くなります。

名簿に登録すると個人情報が心配ではありませんか?

避難行動要支援者名簿の情報を平常時から支援関係者へ提供するには、原則として本人の同意が必要です。提供先は消防・警察・民生委員・自治会など、法律で定められた避難支援等関係者に限られ、守秘義務がかかります。心配な点があれば、提供先の範囲を市区町村の担当窓口で確認したうえで判断してください。

まずはここまでで十分です

薬を1週間分そろえ、お薬手帳を撮影し、補聴器の予備電池と予備の眼鏡を袋に入れて、玄関に置く。名簿への登録を市区町村に問い合わせ、隣の家に一声かけておく。ここまでできていれば、高齢の家族の備えとしては形になっています。あれもこれもと買い足すより、この状態を年に一度、防災の日あたりに見直すほうがずっと効きます。

避難のタイミングや安全な行動については、気象庁や市区町村が出す避難情報にしたがってください。この記事は日ごろの備え方をまとめたものです。

制度の運用や福祉避難所の指定状況は地域によって違います。名簿・個別避難計画・福祉避難所の3点は、お住まいの市区町村の公式サイトや窓口でご確認ください。

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