大きな地震のあと、マンションの部屋が無事なら「そのまま住み続ける」のが基本の選択肢になります。ただ、建物が無事であることと、生活が続けられることは別の話です。この記事では、マンションの在宅避難でつまずきやすい水・トイレ・エレベーターの三つを取り上げて、それぞれ何が起きるのか、どこから備えれば足りるのかを整理します。防災グッズを一式そろえる前に、まずここを押さえておくと買い物の順番が決まります。
マンションは在宅避難向き?強みと弱点
結論から言えば、マンションは在宅避難に向いた住まいです。1981年の新耐震基準以降に建てられたものであれば、大地震でも建物そのものが倒れる可能性は低く設計されています。木造の戸建てに比べて火災の延焼にも強く、上階であれば浸水の心配も小さい。つまり「家が使える確率が高い」という点で、在宅避難の前提条件を満たしやすいのです。
問題はその先です。マンションの暮らしは、電気・水道・エレベーターという設備の上に成り立っています。戸建てなら井戸や庭が代わりを務めることもありますが、マンションでは代わりがききません。建物が無事でも、設備が止まった瞬間に生活が止まる——これがマンションの在宅避難の本質です。
しかも避難所には入れない、あるいは入らない前提で考えることになります。自宅が住める状態なら避難所の受け入れ順位は低くなりますし、そもそも都市部の避難所は住民全員が入れる想定にはなっていません。マンション住まいの防災は、「避難所に行かない備え」だと考えたほうが実態に合います。
マンション防災の課題は「建物が壊れること」ではなく「設備が止まった部屋で暮らし続けること」です。

弱点①水:断水と高層階の給水問題
まず知っておきたいのは、マンションでは断水していなくても水が出なくなることがある、という事実です。多くのマンションは受水槽やポンプで各階へ水を押し上げています。停電するとこのポンプが止まるため、水道管が生きていても蛇口からは水が出ません。停電が、そのまま断水になるわけです。
自分の家がどの方式かは、管理会社や管理組合に聞けば分かります。おおまかには次のような違いがあります。
| 給水方式 | 停電したときの水 | 多い建物 |
|---|---|---|
| 直結直圧式 | 水道が生きていれば出る(低層階中心) | 3階建て程度までの小規模 |
| 直結増圧式 | ポンプ停止で出なくなる | 中規模の比較的新しい建物 |
| 受水槽(高置水槽)式 | 屋上タンクに残った分だけ出る | 中〜大規模、築年数のあるもの |
高置水槽式なら、停電直後しばらくは重力で水が落ちてくるので蛇口が使えます。この「まだ出るうち」に浴槽やペットボトルへ水を溜められるかどうかが、その後の数日を大きく左右します。揺れが収まって安全が確認できたら、まず容器に水を確保する。これがマンション特有の初動です。
備蓄量の目安は、飲み水として1人1日3リットル。東京都水道局も応急給水はこの3リットルを基準に行うとしています。夫婦二人なら1日6リットル、3日で18リットル、2リットルのペットボトルで9本です。我が家は猫のモカがいるので、猫用に少し上乗せしています。ただ、高層階の方は3日では足りないと考えてください。エレベーターが止まれば買い出しも給水も階段になるため、7日分を目標にするのが現実的な線です。
自宅の給水方式と、停電時に水が出るかどうかを管理会社に一度確認しておきましょう。
給水拠点から部屋まで運ぶ問題と道具
給水車や災害時給水ステーションの情報は自治体が出しています。東京都の場合、水道局が「災害時給水ステーション」をおおむね半径2キロに1か所の基準で都内200か所以上整備していて、場所は水道局のサイトで確認できます。ただし、ここで見落とされがちなのが「もらったあと」です。
水は1リットルで1キロ。18リットルのポリタンクは満タンで18キロになります。これを2キロ歩いて持ち帰り、さらにエレベーターの止まった階段で運び上げる。10階なら、大人でも一度に運べるのは10リットル前後が限界だと思っておいたほうがいいでしょう。
だからマンションでは、大きいタンクより「運べる大きさ」を複数持つほうが実用的です。10リットル程度の折りたたみウォーターバッグを2つ、それにキャリーカートやスーツケースを組み合わせる。台車があれば地上の移動は一気に楽になります。給水袋にはリュック型もあり、階段を上るなら手がふさがらないぶん有利です。
水の運搬は往復1回で1時間近くかかることもあります。「毎日もらいに行けばいい」ではなく、行かなくて済む日数を部屋に置いておく発想に切り替えてください。
弱点②トイレ:排水管が壊れていたら流せない
マンションの在宅避難でいちばん深刻なのは、実は水よりトイレです。そして最も誤解されているのもここです。
地震のあと、水が流れるからといってトイレを流してはいけません。マンションの排水管は上下の住戸でつながっているため、共用部の排水管が壊れた状態で上の階から流すと、下の階の便器から汚水があふれることがあります。東京都下水道局も、排水経路が正常だと確認できるまで水洗トイレを使わないよう呼びかけています。自分の部屋のトイレが無事でも、建物の排水管の無事は確認できていないのです。
排水管の安全が確認できるまでは、水が出ても流さず携帯トイレを使ってください。
確認には時間がかかります。公共下水道の状況は自治体に、建物内の排水管は管理組合を通じて専門業者に見てもらう必要があるためです。数日で済むこともあれば、被害が広い地域では順番待ちで一週間以上かかることもあります。その間ずっと、家族分のトイレを部屋の中で完結させることになります。
必要な数は、1人1日5回として夫婦二人で1日10回。7日なら70回分です。この数字を見て多いと感じるかもしれませんが、携帯トイレは家庭の防災用品のなかで最も「足りなくて困る」ものです。凝固剤と防臭袋がセットになったタイプを、まずは3日分から積み上げていくといいでしょう。使い方や選び方は防災トイレの記事で詳しくまとめています。
あわせて、使用済みの袋を保管する場所も決めておいてください。ゴミ収集が止まっている間、ベランダに置くしかない期間が発生します。ふた付きのバケツか、厚手のゴミ袋を二重にできる用意があると違います。

弱点③エレベーター:止まると生活が一変する
地震を感知すると、エレベーターは管制運転で最寄り階に停止してドアを開けます。閉じ込めを防ぐ仕組みですが、その後の再稼働には保守会社の技術者による点検が必要です。地域全体で何千台ものエレベーターが同時に止まるため、点検の順番が回ってくるまで待つことになります。停電が続けば、そもそも動きません。
エレベーターが止まると何が起きるか。買い物も給水も階段、ゴミ出しも階段、高齢の家族がいれば外出そのものが難しくなります。15階に住んでいる方が階段で往復するのは、健康な大人でも一日一回が限度でしょう。つまり、上の階に住んでいるほど「部屋にあるもので何日過ごせるか」が寿命になります。高層階で7日から2週間分の備蓄がすすめられるのは、この理由からです。
もうひとつ、閉じ込めへの備えもしておきたいところです。地震はエレベーターの中で遭うかもしれません。かごの中に防災キャビネット(水や携帯トイレの入った箱)が設置されているマンションも増えていますが、ない建物のほうがまだ多い。個人でできるのは、エレベーターに乗ったら行き先階だけでなく複数の階のボタンを押す習慣をつけること、それと携帯を充電しておくことくらいです。地味ですが、揺れを感じたらすぐ全部の階を押して最寄りで降りる、というのは覚えておいて損はありません。
マンションならではの備えリスト
ここまでの弱点を踏まえると、マンションで優先して足すべきものは戸建てとは少し違います。基本の在宅避難セットは在宅避難の備えリストにまとめていますので、ここではマンション特有の項目だけを挙げます。
- 携帯トイレ(家族の人数×1日5回×日数分。まずは3日分から)
- 10リットル前後の給水袋を複数と、運搬用のカートか台車
- ポリ袋・ラップ・使い捨て食器(食器を洗う水を使わないため)
- ヘッドライト(階段の上り下りで両手を空けるため)
- カセットコンロとボンベ(オール電化のお宅は特に。停電時に湯が沸かせるだけで食事の幅が変わります)
電気については、マンションだと大型の発電機は使えません。排気の問題で室内でもベランダでも動かせないためです。かわりに検討したいのがポータブル電源で、スマートフォンの充電や照明、扇風機程度なら数日まかなえます。冷蔵庫を動かしたいなら容量の大きいものが必要になり価格も上がるので、まずは「連絡手段と明かりを守る」ところから考えるとサイズを決めやすくなります。
もうひとつ、マンションで意外と効くのが窓の備えです。高層階は風が強く、ガラスが割れたときに部屋が使えなくなります。養生テープとブルーシート、それに厚手の作業用手袋を一組。これだけで、割れたあとも部屋に住み続けられる可能性が上がります。
全部を一度にそろえる必要はありません。携帯トイレと水、この二つが手元にあれば、マンションの在宅避難はひとまず形になります。あとは日常の買い物でゆっくり足していけば十分です。
管理組合とご近所の共助:知っておきたい仕組み
マンションの備えには、個人ではどうにもならない部分があります。受水槽の非常用給水栓、非常用電源、防災倉庫の備蓄、エレベーターの保守契約——これらはすべて建物側の話です。
まず確認したいのは、自分のマンションに防災マニュアルがあるかどうか。管理組合が作成しているケースでは、安否確認の方法(玄関にマグネットを貼る、など)や、断水時に受水槽から水を取り出せるかどうかが書かれています。受水槽の非常用給水栓は、あっても住民に知られていないことが少なくありません。総会や理事会の資料を一度見返してみてください。
次に安否確認です。マンションは隣に誰が住んでいるか分からないことも多く、これが災害時に大きな差になります。特に高齢の方が上の階にお住まいの場合、エレベーターが止まれば孤立します。防災訓練に一度でも顔を出しておくと、いざというとき「あの階に高齢のご夫婦がいる」という情報が共有されます。私自身、訓練の場でしか話したことのない方が何人もいますが、それでも顔と部屋の位置が分かっているだけで安心感が違います。
管理組合の防災は、住民の誰かが言い出さないと動きません。理事の順番が回ってきたときが、備蓄倉庫の中身や非常用給水栓について確認する良い機会です。理事でなくても、管理会社の担当者に質問すれば教えてもらえます。
よくある質問
高層階と低層階で備えは変わる?
変わります。分かれ目は「階段で往復できるか」です。おおむね5階くらいまでなら、水を運び上げることも買い出しに出ることも現実的で、備蓄は3日分を基本に考えて構いません。一方、10階を超えると往復そのものが大仕事になり、備蓄日数で移動できない分を埋める必要が出てきます。高層階の目安が7日分とされるのはこのためです。
また高層階は揺れが大きく長く続くため、家具の固定の重要度も上がります。備蓄を増やす前に、寝室の家具が倒れてこないかを見直すほうが先です。低層階の方はむしろ、浸水リスクをハザードマップで確認しておくことをおすすめします。同じ建物でも、階によって備えるべきものは違います。
オートロックや宅配は災害時どうなる?
オートロックは停電すると多くの場合、解錠された状態になります。防火や避難の観点から、電源が落ちたときに人が出られなくなる設計は避けられているためです。つまり停電中はエントランスが開けっ放しになると考えておいたほうがよく、防犯上は玄関の施錠を普段以上に意識することになります。機種によって挙動は違うので、管理会社に確認しておくと確実です。
宅配ボックスも電子制御のものは停電で使えなくなります。そもそも災害直後は宅配や通販が止まり、再開しても配送が集中して数週間遅れることがあります。「足りなくなったら注文すればいい」は災害時には通じません。この前提が、部屋に置いておく量を決める根拠になります。
マンションの在宅避難は、突き詰めれば「水とトイレと、上り下りできない日数」の話です。携帯トイレを3日分、水を家族の日数分。この二つを置いたら、あとは日常の買い物のついでに少しずつ増やしていけば追いつきます。一気にそろえようとして疲れてしまうより、そのほうがずっと続きます。給水拠点の場所や自宅の給水方式など、確認が必要なことは、お住まいの自治体・水道局と管理会社の情報をご確認ください。
